イジメの方法は、いろいろあるでしょうが、たとえば洗濯物な
んかを、ドッサリ置いて、
「今晩中に洗濯しておけ」
というわけです。
寮に洗濯機は、2〜3台しかないのに、洗濯物は30人分ある
んですよ。全てを洗濯するとなると、徹夜しかない。翌朝も練
習に参加しなければならないというのにですよ。その姿を想像
しただけで、かわいそうになります。
剛志は、そういった陰湿なイジメも含め、かなり追い詰められ
ていたと思います。それで、突然「やめる」と言い出しました。
監督もコーチも必死で説得してくれたらしいのです。また、野
球部の中間もいろいろ言ってくれたのですが、頑として受付な
い。
そこでコーチが私のところに連絡してきて、
「なんとかしてもらえないか。親父さんじゃないと説得できん」
と、悲痛な声で言ってきたんです。
当時、私は造園の仕事で、ずっと広島に滞在していました。夕方
電話があったときは銭湯にはいっていて、そこまで、電話が来ま
した。
(オレは、剛志を生まれたときからプロ野球の選手にしようと思
ってここまできたのに、いったいどういうことなんだ!)
一瞬、目の前が真っ暗になりましたよ。
監督も、
「お父さん、絶対帰ってきてくれ」
「よし、いまから帰るわい」
私は広島駅まで走って行き、新幹線に飛び乗りました。ひかり号の
スピードがこんなに遅いと思ったのは人生でこの時一回きりです。
そして、博多駅についてタクシーを飛ばし、家についてトラックを
持ち出すと、今度は高速道路を時速180キロでぶっ飛ばし(あの
ボロトラックがそんなに出るわけありませんが)、とにもかくにも、
剛志のいる寮についたときには、12時少し前になっていました。
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■発行人:新庄英敏(代行:加藤宗一郎)
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